Nintendo Switch Onlineのゲーム3作
Switchのニンテンドーオンラインで最近(でもないけど)プレイしたソフト3つ。
マーヴェラス ~もうひとつの宝島~

スーファミのソフト。1996年発売。ディオンがダッシュして発電して灯りをつけるところでどうしていいかわからず攻略を見たけれど、攻略を見ずともこれくらい気づきそうなものだと思った(ルームランナーみたいなのの上を走るシーンがある)。ゼルダでおなじみの青沼英二さんが初めてディレクション業を行った作品とのことで道理で面白いのだなあと得心した。
カエルの為に鐘は鳴る

ゲームボーイのソフト。1992年発売。これをプレイしてた時はこのBGMがイヤーワームみたいに頭の中で再生されてた(マーヴェラスも新・鬼ヶ島もだけど)。主人公の王子がカスタード王子に勝てないのはやさしさが原因、みたいなのがよかった。
ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島

ファミコンのソフト。1987年発売。このゲームの紹介記事で「行き詰まるとコマンド総当たりになる」と書いているのがあって笑った。崖の足元の硫黄玉とか攻略なしだとキツイと思う。水面に映った月が月じゃないことに気づくとこすら攻略を見た自分にはとても気づかない。これをリメイクした平成の方はいろいろ追加されてそう。
ドラクエ3を最近はやっているけれど、古いゲームは脳への負担が少ない気がする。それがいいことか悪いことか分からないけれど、今回紹介したような良ゲーにまた出会いたい。
体への愚痴
今週の火曜あたりに風邪を引いてしまった。風邪の原因としては、月曜のジムでの筋トレで免疫力が弱ったところに帰り道に雨に降られてしまった、というのがあると思う。筋トレは己を高めようとする行為に他ならないが、ハードに筋トレをすると免疫力が低下して風邪を引きやすくなるというのはよく知られている。そうでもしないと最近はめっきり筋肉がつきにくくなったように感じるが、心の成長意欲をあざ笑うかの如く成長意欲の低い体を持っているのだから仕方がない。はっきり言うと風邪を引いたのは体の怠慢である。こっちは運動後にストレッチをしてるし、雨には少し濡れたがシャワーを浴びてビタミンの多い食事も摂ったように思う。相当やる気のない免疫系である。金曜の今日になってやっと思考力が回復してきたので、今までの人生において私を悩ませてきた体への愚痴でも書いていこうと思う。
体が硬い
最近、読んだネット記事で「体の硬い赤ちゃんはいないので、体が硬い人は成長の過程で体が硬くなるようなことをしてしまっているのかと思います」という記事を読んだのだが、私は記憶のある限り小学2年生の頃には体が硬かった。その頃には長座体前屈であまり前に手が届かなかったのを覚えている。かといって運動習慣がなかったわけではなく外で遊びまわるのは好きだった。そんな物心ついてそんなに経っていない小学2年生の子供に「君はきっと体が硬くなるような習慣を何かもっていたんだろうね」という気だろうかこの筆者は。こんな大人にはなりたくない。この体の硬さのせいで高校の頃はふくらはぎの肉離れも発生したと思うし、デスクワークでも腰の張りや肩の凝りで困ることが多くあった。
鼻が一生詰まってる
鼻はもう何年も開通してない。昔、耳鼻科の先生に「空気が通りにくい鼻の形をしている」と言われたことがあるが、なんでそんな設計の鼻になっているか意味が分からない。単純に匂いを感じにくいので、周りの人が「あれ、ちょっとなんか匂わない?」と言っても「言われてみるとそうかな?」と思いこむくらいである。一応、鼻呼吸はできているが、それだけだと苦しいので口呼吸もよくしている気がする。鼻は私の体のパーツの中でかなりやる気がない方だと思う。
毛深い
コンプレックスである。裸になった時に体がつるつるの男性はとても羨ましい。いらないものなのに、こいつらに貴重なたんぱく質がいっている意味が分からない。胸毛はもちろん、お尻にも毛が生えてきたりする。私の父は全身つるつるの人だが、母は女性にしては少し毛が濃いようなので、私は母から毛については遺伝したのだと思う。ただ、普段毛で肌が覆われているものだから、毛を剃ったりするとそれはそれで違和感を感じたりもする。毛があると守られてる感を感じることもあるので実はいなくなったら困るいいやつらなのかもしれない。
鼻毛が出てくる
ただし鼻毛、テメーはだめだ。お前は意志を持って俺に恥をかかせにきてるし、お前の伸びるスピードと、人の目にできるだけ早くつく角度で伸びていこうとするあたり、お前からは悪意しか感じない。
親知らずが水平に寝て埋まってる
最近、左下奥の埋まっている親知らずを歯茎を切開して除去したのだが、その手術を行うまで歯のムズムズがとてもひどく、ムズムズがひどくて寝れなかったり、夜中に起きたり、ロキソニンを飲んで何とか、という時期があった。口の中をアルカリ性に保ち、紅茶を飲んだり、紅茶で口をゆすいだりすれば症状が緩和することに気づいてからはだいぶ楽になったが、この歯を取り出した後は甘いものも普通に食べれるようになりムズムズはどこかへ消えてなくなってしまった。以下に画像を載せるが、完全に横向きで埋まっていて、何の働きもしてないのが見て取れる。

他にも、子供の頃は異常に乗り物酔いしやすかったり、中学卒業してもおねしょが完全には治らなかったり、子供の頃から体への不満はあったと思う。あと、中学の時、腰椎分離症になってコルセットをしてた期間が長かったからか、腹筋が弱いのもちょっと不当だと感じる(が、最近亜鉛を飲むようになって元気になり、あまり猫背にならなくなったのはよいことだ)。
ここ3、4日間風邪で寝込んでいたため「この体が!」と自身の体へのヘイトが溜まっていたが今まで病気にかかったことはないし、柔軟性が低いこと以外は運動能力はそこそこある体なので、その辺に関してはありがたいと思う。でも「全身をハードに鍛えるとまた風邪を引くかもしれないからあまり追い込まない程度に筋トレするか、それか特定の部位だけ追い込むようにするか」などと俺が筋トレのやり方を変えることを期待するんじゃあない、体。今度同じことがあっても次は風邪を引かないように俺を守れ、この体が!
2024年2月のノートから
日本に戻ってきてから何となくその日にあったことや勉強したことなどをノートに書くようになった。最近、めっきりブログを更新しなくなったがブログに限らず絵も描かなくなったり、写真もあまり撮らなくなったり、何かクリエイティブなことをすることがだいぶ減ってしまった。それは自分としてはあまり良いことではないと思うのでノートにあることから何か書く、という形でブログを久々に書いてみようと思う。3月や4月にしなかったのは3月や4月のことはとっておけば近々更新するときの材料になるかなと思ったからである。
バイトを始めた
仙台中心部のフランス語を教えたりフランス文化を発信したりする機関でバイトをし始めた。ちょうど2月の頭からである。いい年してバイトもないだろう、と思う人も多いかもしれないがそのうちに関東に移る、と考えているので短期だが働けるところ、と考えていたらここになった。フランスに興味があるかと言われるとカナダに行く前に抱いていたフランスへの興味はいつの間にかアメリカへの憧れに心の中で取って替えられたように思う。また、自分にとっての仏語圏はフランスよりもモントリオールのイメージになってしまっていた。そんな感じではあったがフランス人講師の方とぼちぼちやり取りをしながら仕事を覚え始めていくのであった。
Syberiaをちょこちょこやった
ゲーム関連の仕事をしたい、そう思うことが多く、かつ、海外の人と仕事をしたい、という思いを抱いている人間なので海外のゲームでストーリー性があるものをやろうと思い、Syberiaというゲームをやり始めた。何というか昔からゲームのストアなどで見かけていた気になっていたゲームということで、フランス語で無理してプレイしていたようである。キャラクターの移動時にマウスをカチカチすることで走って移動させることが可能なのだがそれに気づくまでは女主人公を歩いて移動させていたので「ずいぶん移動がゆっくりで、人によってはこのスピードイライラするだろうな」と思うなどしたのであった。話はしっかりしていてドラマを見ているような気になるのでもう少し触る頻度を上げたい。
向陽台に喫茶店ができた
バレンタインデー過ぎ頃に向陽台に喫茶店マーチというのがオープンした。山の寺の坂を下らずして喫茶店に行くことが可能になった。これはとてもありがたいことである。子供の頃から私と苦楽を共にした山の寺の坂を下ったり上ったりせずにお茶を飲んで家に帰って来れるということだ。こんなありがたいことをしてくれた人たちのことは大事にしなければ、人として問題がある。喫茶店に行くとコーヒーか紅茶しか飲まないのだが、ちょっとした作業をしたり本を読んだりするのに適している。2月より後のことではあるが一度置いてある本を貸してくれたりもした。いつかケーキやプリンを注文するような太客になりたいものだがそれまで長く続いてくれたらと思う。
わずかに数学を勉強した
私の脳が比較的活発(それでも人に比べたらたぶん穏やか)になる時として、ゲームをしている時、山に登っている時、本を読んでいる時などがあるがそれに加えて一応、数学専攻だったということもあり、数学をしている時、というのもある。2月のノートを見るとちょっとだけマイルス・リードの可換環論をやっていたようである。数学の本(特に代数の本)は、少しずつ心が現実を離れて数学的な世界に没入していくことを促すものが多い気がするけれども、この本はいわゆる人としての自然な想像力を失わせないようなそれでいて面白い本なので暇なときにまた読めたらいいと思う。
これらのこと以外にも東北本線岩切駅から塩釜の杉村淳美術館に行ったりしていた。家からだと山の寺の坂ではなく、松陵の坂を下りて免許センターのところを左に曲がってずっと真っ直ぐ行く岩切駅への道が左右が田んぼで広々と見渡せて気持ちいいと思ったのが思い出されたりする。
イワンのばか
ロシアのお話を高校の頃に少し読んでいたこともあり、ちょっと前にトルストイのイワンのばかを借りて読んだ。トルストイはよくロシアの二大文豪としてドストエフスキーと並べられる。ドストエフスキーが「人間ってわけ分からなくて、どうしようもない変態みたいなやついっぱいいるけど、そこが人間の魅力よな」というイメージで、トルストイは「人間がすべき行いとかいいあり方ってこういうことやから、みんなこういう感じでやっていこうな。いややっていけよマジで」というイメージである。そういう意味でイワンのばかには少し危険な香りもしたが、面白かった。以下、読んだ感想。
イワンのばかは難しい話のように思った。この作品を読んでいる間は悪魔の思惑をことごとく挫くイワンが痛快に思われる。ただ、イワンが王となった国で頭を使った生き方を演説して最後は死んだ悪魔の親方を不憫に思われるところがないわけでもないのである。あくまで悪魔の親方が”頭を使った働き方”に人々を誘惑して怠惰にしてやろうと邪な計らいをした報いであると捉えるならそれでいいのかもしれない。ただ、ばかの国の人たちは「手や背中を使って農作業などをするのではなく、頭という部位を物理的に使ってどうやって働くのだろう」と思っていたように読み取れる。いわゆる頭を使う仕事(現代で言ったらコンサルタントとか)に価値を感じられていないようであった。ばかの国の人たちは欲もなく悪魔の誘惑にも乗らないような人たちだけれども、だからといってその国の仕組みが理想的である、という訳でもないだろう。

金貨に対して冷めた見方をするばかの国の人たちにとって金貨はただのおもちゃと変わらない。現実の世界にある紙幣や貨幣を見たときにそれをおはじきや何かとは同じに見られない私たちはもうすでに悪魔にやられていると思う。それ自体は悪いことではないと思いつつ、自分で食べ物を作って生きていけるばかの国の人たちからは余裕を感じることができる。お金に頼らなくとも生きていける人々の強者感からもまた、気づきを得た気にさせられるお話だった。
イワンのばか
イワンのばか、は難しい話のように思った。この作品を読んでいる間は悪魔の思惑をことごとく挫くイワンが痛快に感じる。ただ、イワンが王となった国で頭を使った生き方を演説して最後は死んだ悪魔の親方を不憫に思えなくもないのである。あくまで悪魔の親方が”頭を使った働き方”に人々を誘惑して怠惰にしてやろうと邪な計らいをした報いである、と捉えるならそれでいいのかもしれない。ただ、ばかの国の人たちは「手や背中を使って農作業などをするのではなく、頭という部位を物理的に使ってどうやって働くのだろう」と思っていたようである。いわゆる頭を使う仕事(現代で言ったら例えばコンサルタントとか)に価値を認めていないようであった。ばかの国の人たちは欲もなく悪魔の誘惑にも乗らないような人たちだけれども、だからといってその人たちの国の仕組みが理想的である、という訳でもないだろう。

金貨に対して冷めた見方をするばかの国の人たちにとって金貨はただのおもちゃと変わらない。現実の世界にある紙幣や貨幣を見たときにそれをおはじきや何かとは同じに見られない私たちはもうすでに悪魔にやられていると思う。それ自体は悪いことではないと思いつつ、自分で食べ物を作って生きていけるばかの国の人たちの余裕から、お金に頼らずに生きていく人の強者感にも気づかせられるお話だった。
雨上がりのメデジン
カナダにいた際にコロンビアの人たちから、とても親切にしてもらった。コロンビアに関する本を読めばコロンビアのことが知れるだろうと思った。そう思って仙台市泉図書館2階の外国の本の棚を探した。スペインの本のあたりにスペイン語圏の本がまとまってあり、この本がコロンビアを舞台にしているということで借りることにした。

メデジンというのは人口二百万人以上のボゴダに次ぐコロンビア第二の都市だそうだ。主人公の男の子はカミーロという。カミーロのお父さんは飲んだくれで金がなくとも酒を持って家に帰ってくることをカミーロに要求したりする。アンドレスという親友がカミーロにはおり、彼はどんなときでもカミーロを一人にはしない。山の斜面の町に住む二人とその家族を通してコロンビアの社会問題が垣間見える物語。
この本を通して触れたコロンビア関連のワードや出来事:
サント・ドミンゴ・サビオというバリオの地区、バリオ、アグアルディエンテ(お酒)、地下鉄のアセベド駅、メトロカブレというロープウェー、パタコン(熟していないバナナを油で揚げたもの)、スペイン公園図書館、コロンビアが五十年近く苦しんできたコロンビアの政府・反政府ゲリラの対立による武力抗争。
親友である二人がどちらからともなくかけっこを始めたり、かけっこの勝敗が決まった後の敗者の勝者の認め方があったり、言葉を交わさなくとも通じ合える二人の様子がリアルに描かれていた。二人とも父親にいやな思いをしているが、それぞれのやり方で自分の境遇と戦っているようだった。最後カミーロがワーってなるところが良かった。
山の斜面にある町を上り下りしている描写が多くある。実際の町の様子について以下のブログが多くの画像とともに紹介してくれていた。
メデジンのロープウェイ「メトロカブレ」から眺めるスラムの風景【コロンビア】
パタコンは会話の中で一瞬出ただけだけど作ってみたいと思った。日本で甘くないバナナを手に入れるのは難しいから甘いバナナでいいから揚げてみたい。
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サマーキャンプ(Sol Camps)が終わった
Sol Campsが終わった。終わって少し経ってしまったのでうまく振り返れるか自信が無いけれど先延ばしにしていくと、どんど振り返りづらさが増していって貴重な経験の記憶が失われていく気がするので書いておこうと思う。



今思えば夢みたいな経験だった。人とあまり関わるのが得意でない自分が毎日、"Hi, ○○"とスタッフの仲間に声をかけたり"明日でキャンプは最終日なんだ。今までありがとう。"と食堂のおばちゃんに一声挨拶をしたり。

何だか分からないけどこのキャンプをできる限りいいものにしよう、という思いで疲れてるときはその思いよりも疲れが先に立ったりしながらも、生徒やスタッフ・先生・引率の方の名前をできるだけ覚えようとしたり、生徒たちが空港に向けて旅立つときは特に何するわけでなくても送迎のバスに向かって手を振りに行ったり、割と自分なりに頑張れたな、という経験ができた。




とても色んなことがあったのでぱっと思い出せることだけ書いていこうと思う。
まず、Holmes Education Groupの人たちについて。自分もSol Campsの行われていた期間はHolmes Education Groupの一つの枝であるSol Campsの従業員として働いていたのでいわば同僚の人たちである。私のボスのNick、メキシコから来たAle、Joel(あと従業員ではないけどブラジルから来たボランティアスタッフのFlavioなど)はもう本当にビックリするぐらいハードに働いていた。

Aleは「Shunsukeはよくやってる」と言ってくれたけど彼女は生徒に全体連絡をしたり、注意をしたり、アクティビティについていったりそういうこともしながらAgentとやり取りをして、営業的な動きもしたりしていたので「この人は凄い働くな」という感じだった。「私は少し太っている」「このキャンプで少しずつ太ってきている」などと口にしていたが気にするほどのことではなかった。みんな、彼女に軽口をたたくことができるフレンドリーな彼女だが、同時にみんな彼女に一目置いていたように思う。Aleは私を見かけると"Shunsuke!"と呼びかけてくれる。

Joelはまんまるとした体と柔和な性格をした人で、Ale同様、皆から好かれていた。あまり詳しいことは喋らないように彼から言われているので詳しいことは喋らないが彼は数年前に会社を設立して、その会社を経営している。社長さんだというのに彼は全く偉そうにしないというか、何となく彼がいると和んだ気持ちになるので私はよく彼のそばにいた気がする。Niagaraのモールで靴を一緒に買えてよかった。二人の力を合わせて2足目が安くなる割引を受けられた。


イタリアから来た生徒、Lorenzoに体をくすぐられているとき、彼は輝きを放つようにリアクションをする。
それとVictorとNickについて。キャンプが始まる前までは僕はカナダにいながらも黒人の人とあまり関わったことがなかった。今思えば、VictorがOHCに来てオフィスで作業し始めたばかりの頃は「黒人の人ってよく分からない」という感じだったが、色々と私に対して彼は親身に接してくれるので、私の中での黒人の人に対する壁のようなものがなくなった気がする。

彼はラッパーであり、Youtubeで彼の楽曲を視聴できる
Victorは何人もいるアクティビティのスタッフに指示を出したり生徒の名前を覚えてコミュニケーションを取ったり、大変だと思った。彼が"if you can hear me, clap two times!" などと生徒たちの注目を集めるために言っていたフレーズを我々スタッフはみんな思い出すことができる。
そして、何といっても一番お世話になった全体責任者のNick。生徒が何か問題を起こしたり、体調を悪くしたりしたときにマネージャーとしてどういう判断、動きをすべきか、スタッフが効率的に動くためにはどのように指示を出したらよいか、周りの人たちに声を掛けて信頼関係をどうやって作るか、など様々な点でこれほど理想的なリーダーというのはそういないのでは、というくらい彼は素晴らしいリーダーだった。彼が私をそんな大したことはないけれどな色々な点で頼ってくれたのは私にとって誇らしいことであったように思う。
キャンプが忙しさのピークを迎えていた時、彼は毎日朝早くから夜遅くまで仕事をしていたので、倒れたり、自転車に乗っているときに事故を起こさなないか心配だった。

彼が私を「ShunsukeはSol Campsに必要な"ex factor"だ」と言ってくれてVictorも私に対して"ex factor"とよく呼びかけてくれたのが嬉しかった。
NickとVictorは小学生の頃にカンボジアかバングラデシュかで同じ学校で知り合っている。カナダで二人は再会して一緒に音楽活動をしたり、元々はVictorがSol CampsにNickを誘ってその後NickがOHCで働くようになったり、二人の間には特別な縁があるように思われる。

スタッフのメンバーについて書いて、けっこう長くなったので以下にキャンプで起きた印象的だったことを書いて終わりにする。
上の写真の女の子、Paolaの部屋に小さな鳥が入ってきて、Victorから電話がかかってきて「今、キャンパスにいるのはShunsukeだけだから何とかしてくれないか」と言われて彼女の部屋にいって本当に鳥がいたので捕まえて逃がしたこと。
Prideというトロントのお祭りの時にお酒を飲んだら酔って具合が悪くなってしまい、ボーっとして水を買ったPizza Pizzaに財布を置き忘れて、Joel、Ale、スタッフのCatalinaが財布探しに親身に協力してくれたこと。
キャンプ全体にFlu(かコロナ)が流行って皆がゲホゲホしていた時にAleもゲホゲホしてて明らかに体調が悪く見えたので「ウイルスを拡散しないでほしい、オフィスに来ないでほしい」といって、気の強い彼女をその日の翌日の午前中だけではあるが休んでもらうことに成功したこと(Aleは働きすぎてた)。
日本人の子でWhatsAppを使うことができずLINEで対応するようにしたら、Fluが流行っていたこともあり、とても辛そうにしている連絡を受けてどうしたらよいか悩んだこと。
問題行動を起こしてNickと私が作業していた小さなオフィスで時間を過ごすように言われていた男の子に、せっかくのキャンプでスマホも没収されアクティビティも参加できないのは少しかわいそうかなと思ってlaptopを持ってきてNetflixを英語で見るようにさせたり、一緒にご飯を食べるようになったりして、その子と仲良くなったこと。


色んな事があって、どれもがいい思い出になったキャンプだった。本当にcrazyな体験に混ぜてもらえて運が良かったし、様々な国の人たちと、仕事を通じて心を通い合わせることができたと思う(カナダ、ウガンダ、南アフリカ、リベリア、インド、ベトナム、フィリピン、インドネシア、メキシコ、チリ、ブラジル、韓国、日本、ウズベキスタン、ジャマイカなどスタッフ、先生の国籍は様々だった)。
私は日本に帰るが、英語の拙い私を英語環境で使ってくれたNickのように、日本で海外から来てる人に仕事する機会を与えられるような人間になれたら素晴らしいことだし、そこまでいかなくとも何か海外から来た人の手助けができたらいい。

Sol Campsで出会ったみんな、ありがとう。その機会をくれたNickには感謝の気持ちしかない。この写真に写っているスタッフのLynは手首につけるアクセサリーをくれた。そのアクセサリーやSol Campsのスタッフ用シャツを大事にして、この貴重な体験を忘れないようにしたいと思う。本当に素晴らしい経験だった。おわり。
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